2025年度第76回大会シンポジウムについて

第76回大会シンポジウムは、「時間と空間のいま」を共通テーマとする2つのシンポジウムを準備しています。

シンポジウム1 「空間とコミュニケーションの変容:公私の境界線を問い直す」(仮)

近代社会は、公的領域と私的領域の空間的分断を前提として発展してきた。公私の区分は、都市計画から住宅設計に至るまで、私たちの生活空間を規定する基盤として今日もなお影響を保持している。一方、多様な生活様式の浸透やテクノロジーの急速な進展にともない、こうした画一的な空間設計を解体・再解釈する動きが各所で見られるようになった。建築の領域においても、「公—私」という二元論を超えた新たな構造やコミュニティ形成の実験が打ち出され、人々もまた、従来の空間規定を批判的に読み替えながら、新たな住まい方やコミュニケーション形態を創出している。本シンポジウムでは、こうした空間の変容とコミュニケーションの再編に注目し、公私の境界が揺らぎつつある現代社会に検討を加えていきたい。

このような変化のなかで注目されているのが、公でも私でもない中間領域的な空間の可能性だ。第三の場所とも呼ばれる「サードプレイス」の他にも、例えばコワーキングスペースやシェアハウスなど、働き方・暮らし方を柔軟に組み合わせることが目指されている場では、近代的な労働/家族の枠に収まりきらないコミュニケーションや関係性が生まれていることが期待されている。こうした空間が担う機能や意味合いは、地域社会との連動やオンラインツールの活用によってますます多様化しているだけでなく、コロナ禍を契機としたリモートワークの普及や外出制限が公私の境界をめぐる意識や実践を急速に変容させたことも記憶に新しい。こうした状況は、空間とコミュニケーションの関係について改めて問い直す好機ともいえよう。

そこで本シンポジウムでは、各報告が持ち寄る空間とコミュニケーションに関するフィールドでの知見を手がかりにしながら、近代社会の根幹をなす公私の区分を捉え直していきたい。空間が人々の行為に一定の方向性を与える一方で、人々のコミュニケーションや実践が空間を再編している。この両方向の動きに目配せしながら、フロアを交えて今後の可能性を論じ合う場になればと考えている。

報告者・タイトル案:
永田夏来(兵庫教育大学)                長屋暮らしから公私の区分を置き直す
松村淳(神戸学院大学)                    建築から考える公私の分離と再編
福澤涼子(第一生命経済研究所)    シェア住居の実践にみる公私の新しい接点
コメンテーター:牧野智和(大妻女子大学)
司会:平井晶子(神戸大学)

(研究活動委員 永田夏来・平井晶子)

 

シンポジウム2 近現代における「時間と社会」(仮)

時間は、近代そして現代社会の本質に迫るためのキーワードである。本シンポジウムでは、時間とは何かという哲学的問いではなく、時間がどのように社会を生み出し、変容させてきたのかを社会の一断面、日常の一場面、世界の一地域の現場と現実から報告することで、近代性・現代性の核心についての思考を一歩進めることを目的としている。

現代社会のあり方を論じるうえで、「時間」という契機を抜きにしては考えることができない。もとより近代化の初期にあっては、産業化と都市化、国民国家の成立、交通・通信網の伸長などとともに、時計時間やカレンダーの統一化、そして工場労働や公教育、軍隊などの場を中心とする時間規律の浸透が生じていった。

こうした近代的な「時間」の概念について真木悠介『時間の比較社会学』(1981年刊)は、一方での自然や共同体や他者による拘束からの「自己解放」と、他方での抽象化された時間概念や時計時間へのいわば“再埋め込み”による「狂気」という―真木の言葉でいえば、「時間からの疎外」と「時間への疎外」との―二重の契機をもたらしたものとして、描き出した。

そして時代が現代に近づくにつれて、さまざまな領域での個人化の進展、産業構造の変化と技術革新、とりわけデジタル技術のさらなる発展を受けて、必ずしも従来の時間規律には服されなくなった。しかし今日「タイパ」や「マルチタスク」が志向されているように、時計時間やカレンダーによる桎梏はむしろ強まっており、近代の時間的な「狂気」はとどまるところがない。

そこで本シンポジウムでは各報告より、まず近代的な時間概念が、社会に生きる個人の日常生活へと浸透していったより具体的な諸相を確認し、続いて近代的時間とは異なる時間が生きられていた社会の現実に注目し、異なる時間意識について考察する。最後に、近代的時間が転倒され止揚されるポスト近代の時間の生き方について検討し、今日における「時間と社会」の問題について、討論者とフロアを交えて広く議論をおこないたい。

報告者・タイトル:
右田裕規(山口大学)             「夜更し」の社会史
梅村麦生(神戸大学)               近代的時間形式としての「締め切り」
西井凉子(東京外国語大学)   死と情動:タイのフィールドから
伊藤美登里(大妻女子大学)   デジタル社会と時間
コメンテーター:多田光宏(熊本大学)、松田素二(総合地球環境学研究所)
司会:松田素二、梅村麦生

(研究活動理事 梅村麦生・松田素二)