テーマ
「日本の近代を〈宗教的なるもの〉との関わりで考える――戦後の社会学者、思想家、文学者の残した可能性」
概要
日本において近代社会を理解する際に参照されるのは、西欧の社会学者、思想家、文学者らに思考されてきたものが中心的であったといえよう。例えば、社会学の初学者向けのテキストにはウェーバーやデュルケーム、あるいはマルクスの捉えた社会が紹介されている。しかし、西欧に端を発する近代に適応するべく格闘し続けてきた日本社会は、西欧とは異なる状況の中で特有の思想、文化、歴史を有している。日本社会が実現する近代、そこで生じる様々な問題は、西欧近代のそれらとは決して同様のものではありえないだろう。特に、欧米の近代化の下支えにはキリスト教が存在したこと、そして社会学もその中でつくられた点を十分に理解しないままに、私たちは西欧の社会学者らの議論を自分たちの社会に援用できるのだろうか。この点について、戦後の知識人らは危機感をもって考えていた。たとえば作田啓一はドストエフスキーのキリスト教論を通して、真木悠介はメキシコ・インディオの思想を文明社会と対比させた議論を通して、大村英昭は親鸞論を通じて日本で社会学を行うとはどういうことかを考えていた。また、社会学者ではないが、柳田国男も日本人を祖霊信仰共同体として捉えつつこの点を論じている。
したがって当企画では、宗教と社会学についての議論を学び、研究会で討議したうえで、日本の〈宗教的なるもの〉と近代の関係について日本の社会学者たちがどう捉えていたかを考える部会を開催したい。
企画者
松野靖子(関西学院大学)
参加者
德宮俊貴(社会構想大学院大学)
佐藤裕亮(立教大学社会情報教育研究センター)
松本隆志(関西学院大学)
宮部峻(立命館アジア太平洋大学)
社領雅俊(関西学院大学大学院)